私は現在、南西諸島の伝統的コスモロジー(宇宙観/世界観)への関心を軸に、絵画制作を行なっています。

例えば奄美ではあの世のことを「ネリヤカナヤ」と言いますが、それは雲の上にではなく、海の彼方にあるとされています。対するこの世は海のこちら側、「シマ」です。このとき、海は二つの世界を隔てる境界線となります。この境界は常に揺らいでおり、とくに新月と満月の日にその揺らぎが大きくなります。月の引力によって海が手繰り寄せられ、いつにも増して大きく潮が引くとき、この世は少し拡大し、あの世へと接近します。旧暦の1日と15日に先祖の墓を参るという島人達の慣例は、大変理に適っているわけです。

こうした世界観は、私自身の個人的な体感とも一致しています。干潮時の岩礁を「あの世とこの世の境目のようだ」と初めて感じたのは、ネリヤカナヤという言葉を知る以前のことです。この一致は偶然ではなく、古来こうした体感が島に住む人々の間で共有され続けた結果として、ネリヤカナヤを含む様々な他界観や死生観が形成されていったのだろうと考えています。

この「体感の共有」こそが全ての信仰や芸能の発生源であるというのが私の考えです。自然環境との関わりから得た個人の体感を他者と共有する中で信仰や芸能が生まれ、それが文化となって生活に組み込まれる。同様のプロセスが世界中のあらゆる地域に見られ、現代に至るまで失われずにいるのは、それが人類にとって根源的な欲求であることの証左です。おそらく集合的無意識にアクセスする為に、このプロセスが必要なのだと思います。

私の創作活動もその一端にあります。今回の展示を行うにあたり、私は会場全体で南島のコスモロジーを表現し、その一部としての花鳥風月や人間の姿を描こうと考えました。その只中を生きたかつての島人に、私の絵はどう見えるのでしょうか。そして今この時代を生きるあなたの目には、何が見えるのでしょうか。絵画芸術の本来的な意義が時空を超えた感覚の共有にあるのなら、両者が同じ宇宙で出会える瞬間を願ってやみません。


田中一村記念美術館 〒894-0504 鹿児島県奄美市笠利町節田1834 TEL 0997-55-2635
Powered by Webnode
無料でホームページを作成しよう! このサイトはWebnodeで作成されました。 あなたも無料で自分で作成してみませんか? さあ、はじめよう